お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “盛夏にて”


豪雨が続く地域や、酷暑ばかりが延々と続く地域や、
はたまた、
日替わりで暑かったり蒸すだけだったりする、
それもまた体調管理には面倒な地域やらと。
何とも足並みの揃わなかったこの夏だったが、
いくら何でもそろそろということか、
テレビの天気予報で画面へと映し出される
“全国のお天気”の日本地図上にも
太陽がいっぱい状態が続きそうな気配。

 「それはそれで うんざりするには違いないのですけれど。」

特に今週は暑さの最盛期へと上り詰めることとなるのだそうで。

 「そういや来週はお盆でしたね。」

勘兵衛にも 二、三件ほど相談した上で、
きちんとお中元の手配を手掛けたくせに、
七郎次が そんな途惚けた物言いをする。
まま、今時のお中元というと
デパートや贔屓の店が早々と受注態勢に入っての
“ご予定はありますか”と打診してくるそうなので、
七月の初めには もうすっかり片付いてもいたらしく。
そこへ加えて、この夏はさほど…執筆業にありがちな、
印刷業界のお盆休みによる締め切りの前倒しには
縁のない島谷せんせえだったこともあり。
こうまで日が迫っていたのへは、
うっかりと気がつかなんだ彼でもあったのかも知れないが。
掃き出し窓を大きく開いて、
木陰を通る涼やかな風を呼び込んでおいでのリビングの一角。
花茣蓙のラグの上へ胡座をかき、
のんびり新聞を読んでいた勘兵衛が、
ふと思いつくものがあったか、七郎次へ訊いたのも そちらの予定。

 「本家筋の大叔父が、顔を出せと言うて来ておったな。」
 「はい。あと、木更津の伯父様も。」

実はも何も、勘兵衛こそが島田本家の跡取りなのだが、
不動産の家作こそ引き継いだものの、
祖父や父がちょっとした商売も手掛けていたものは、
父方の叔父へ権利ごと任せっ切りだし、
道場を持っているのも、知人にほぼ永年という格好で貸している。
商売や事業展開への才覚がないではないが、
別口の とある事情をこそ一番重要な遺産として父御から引き継いだ結果、
事業に集中できないかも知れぬとか、
若しくは運気が揺らぐかも知れぬという先行きが案じられた勘兵衛、
事情を知る親戚筋へ“そういうことだから”と
世俗的なあれやこれやをあっさりと丸投げしたというから、

 『剛毅なのだか 欲がないのだか。』

父方母方どちらの伯父も叔父も、
顔を合わすたび そこを呆れて下さるのだとか。
その“とある事情”というのの中身、
あいにくと七郎次へは聞かせていないのだけれど。
それが元で疎遠になったり険悪になっているお人がいる訳でなしと、
親戚の皆様にもご挨拶を欠かさぬが、

 「お戻りにならないのですか?」
 「まぁな。」

墓参りはするつもりだが、
法事だなんだで席を設けられ、
他のずんと遠い親類とまで顔を合わすのへ
いちいち付き合うのはどうにも面倒で…と。
毎度の如くなお言いようをなさるのへは、

 “中学生みたいなことを言うんですものね。”

自分だって遠縁の存在には違いないながら、
いちいち親がかりの親戚付き合いについて行くのは面倒だ、
友達との約束を優先したいと言い出すのに似てるよなぁと、
ついつい七郎次が苦笑してやまぬ大せんせいでもあって。

 「にゃあ?」
 「みゃうにぃ。」

東京は今のところ、
連日の猛暑ということもないままだったからか、
家族の仔猫たちも相変わらずに元気の塊。
庭先の風通しのいい木陰で、
風に揺れては躍る木洩れ陽を目がけ、
短いお尻尾一丁前に立てては、ぴょこひょこと追いかけて跳びはねたり。
どこがどう違うのやら、お風呂は盛大にいやがるくせに、
七郎次がこれも庭先へ用意するベビーバスでの水浴びに興じたりと。
小さなその身を元気いっぱい弾ませて、
茶色いのと黒いのが、
ちょこまか・ぴょこたんと駆け回っておいでで。

 「ああほれ、久蔵。」

殊に、七郎次らには坊やに見えておいでのメインクーンちゃん、
金の綿毛に色白の、五歳児くらいのそれは愛らしい坊やの姿でも、
白い額へ汗をかきかき、寸の足らない手足を振り振り、
真夏日? 猛暑日? それ何ぁに?とばかり
庭先を、お家の中を、
ぱたぱた・とてとてとお元気に駆け回っておいでで。

 「…汗をかいておるか?」
 「かいてますよぉ。」

ほら、じっとりしますものと、
小さなおでこを綺麗な白い手で ぐぅいと拭ってやる七郎次へ、

 「にゃう〜んvv」

愛らしい双眸をまろやかにたわめ、
瑞々しい口許を朗らかにほころばせて、
嬉しいの楽しいのと甘い声で長鳴きしつつ、
おっ母様大好き〜っと、
その懐ろへぐりぐりと頬擦りなぞするものだから。

 「もうっ、この子はっvv」

相好を崩しまくりで、
クロちゃんもおいで、キッチンでアイス食べようねと、

 “あっさり籠絡されてりゃあ世話はない。”

敏腕秘書殿などという勇ましい肩書はどこへやら。
過度の甘やかしっぷりに、
勘兵衛の苦笑も耐えぬというもの。

 “だがまあ……。”

しっかり者です、
不動産管理も版権代理人も頑張って勤め上げてますと。
勘兵衛には余計な雑音を届かせぬよう、
面倒ごとや厄介ごとがあろうとひた隠し、
ものによっては
気丈さだけで乗り切って来た彼でもあったのだろう。
誰かのための頑張りだからこそ可能なことではあれ、
あまりに孤高な立場でもあるのを、
だがだが、
勘兵衛が口出しするのでは却って不味い場合も多々あって。
ああ、苦労を背負ってしまっておるなと
実は気がついていても いかんともしがたい場面も結構あった。
だったらせめて、自分へは甘えてくれりゃあいものを、
それこそとんでもないとばかり、
一線引くのを忘れない、何とも困った気概の持ち主だったのが、

 “……そういえば。”

傍からは仔猫にしか見えない、
甘えん坊の不思議な坊やとの出会いからこっち。
無理をしているような素振りは、
どう探っても透かし見ても 微塵も匂わせなくなったような。
本人にそれだけの貫禄がついたことも勿論あろうが、
無邪気なおチビさんの相手をし、
心から微笑って肩から力が抜けつつあったのも、
いい効果を醸していたに違いなく。

 “魔除け以上の効果があろうとはな。”

本人へ明かせぬ“困った事情”への、頼もしい助っ人でもある仔猫様。
ここまでなくてはならぬ存在となろうとはと、
その精悍なお顔に、ついの苦笑が浮かんだ勘兵衛だったのへ、
キッチンからの伸びやかな声が掛けられて。

 「勘兵衛様、
  ラムレーズンとマンゴーとイチゴと、どれになさいますか?」
 「バニラはどうした。」
 「ありますけど…大急ぎで食べていただかないと。」

何しろ、小さな仔猫さんたちは、
ミルク成分摂取量の関係でカップ全部は食べられぬ。

 「勘兵衛様、案外と召し上がるのが遅いので。」
 「判った、ラムレーズンにしよう。」

横取りされても、もとえ、
ちょうだいとねだられても知りませんよと続きそうなのを先読みし、
仔猫らが苦手な、酒精の香り立つものをチョイスすれば。
判りましたのお返事も軽快に聞こえての……待つことしばし。

 「はいはい、ほら足を登らないの。」
 「みゃうにゃっ、みゃいvv」

実体は仔猫の方らしいのでさして重くはないらしいのだが、
それでも 長い御々脚のお膝辺りに
腕白小僧さんを一人くっつけて、
リビングへ戻ってくる様はなかなかに壮観。
胸元へ抱えたトレイへそれぞれのカップを乗っけ、
大人二人へはスプーンつきで
冷たいおやつを堪能にかかることと相成って。
今を盛りと鳴く蝉の声を聞きつつ、
何とも平和な夏の午後が、じんわり過ぎてゆく……。





   〜Fine〜 13.08.05.


  *お盆とそれからコミケが間近ですねぇ。
   お盆関係のお話はまだ早いかなぁということで、
   まずはまったりしている島田せんせえのお宅です。

  *コミケは週末で、それが明けたら今度はお盆への帰省、
   大人組の皆様は特に、
   盆と暮れは
   なかなかハードなスケジュールなのも相変わらずですね。
   それをこなせるお元気さが羨ましいです。
   どうかお体ご自愛下さいませ。

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